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江戸川乱歩「妖虫」について
個人的な若干の補筆的創作


作:園田大造

 実業家、相川操一の一人娘、相川珠子は東京で一、二という美人。そしてその兄、守は探偵趣味の大学生だった。その珠子が大スタァ春川月子を惨殺した殺人鬼「赤いサソリ」に狙われた!
 さらわれそうになる珠子を、守と名探偵三笠竜介は見せ物小屋「八幡の薮知らず」で無事助け出したと思ったも束の間、再び珠子はさらわれ三笠探偵は深手を負ってしまった。
 可哀相な珠子は、又しても、妖虫の毒手に落ちて、どこへ連れ去られ、どんな恐ろしい目にあうことになるのであろうか?



1、拷問・凌辱編

「ふふ、お嬢さん、好い加減に目を覚ますんだ。」
 頬をたたかれる感触に目を覚ましかけた珠子の耳に、どこかで聞いたようないやらしい声が飛び込んでくる。しかしまだ完全に覚めきっていない珠子はぼんやりと今まで起こったことを思い出していた。そして自分が妖虫赤サソリの魔の手から逃れようとして、かえって彼らの罠に落ちてしまったこと、そして八幡の薮知らずで散々恐ろしい思いをさせられたあげく、今の世に聞いたこともない磔にされようとして意識を失ったこと、などを次々に思い出す。そしてうっすらと兄の守の声や人々の立ち騒ぐ声などを聞いたことなども…。
「へへっ、お嬢さん、さっきはとんでもない邪魔が入って申し訳ないことをしたな。そのかわり今度はここで思い切り楽しい思いをさせてやるからな。」
 はっきりと意識を取り戻して目を開いた珠子は、いきなり目の前であの偽探偵が頬をたたきながら、面白そうにしゃべっているのが目に飛び込んでくる。あれは夢ではなかったのだ。自分にはやはりこの悪魔たちの手による、あの幽霊屋敷で殺された春川月子のような残酷な最後が待っているのだ。
 珠子は悲鳴を上げて悶えようとし、そしてそのとき初めて珠子は自分の両腕が、万歳をするように左右に広げて天井に向かって吊り上げられていること、そして両足も左右に大きく広げて床に取り付けられた鉄の環に縛り付けられていることに気付いた。
 そしてここが巨大なテントのような建物であること、自分の前で10人あまりの男たちがいやらしい笑いを浮かべ、ただ一人その中にあの青眼鏡、まぶにかぶった鳥打ち帽、それに濃い口ヒゲをはやしたあの主魁赤サソリだけが例の無表情なだけに一層恐ろしい顔つきで自分の方を眺めていることなどが次々に珠子の目に飛び込んでくる。
「ヒイイイィーイッ…助けて…誰か助けてぇーっ、お願い…お願い助けてぇーっ…お父さま助けてぇーっ。」
 珠子の口から、やっと悲痛な悲鳴がほとばしった。しかし赤サソリもその配下たちも、目の前で大の字に縛り上げられて悶える、美しい、そして哀れな獲物の姿を楽しんでいる。
 やがて赤サソリはあのしわがれたしわがれた陰惨な声で話し始めた。
「珠子さん、今、この男のいった通りだ。さっきは素敵な磔人形にしてやるつもりだったが、お嬢さんの兄貴とね、あの三笠とか言うおいぼれがすんでの処で邪魔しやがったんだ。」
 ああ、珠子が兄の守の声を聞いたと思ったのは幻ではなかったのだ。救いの手は珠子の寸前までやってきて、そして無情にもまた遠く去っていったのだ。しかし赤サソリはそんな珠子の絶望を楽しみながら、時折、あのいやらしいギリギリという歯軋りをまじえて話し続ける。
「しかしここなら大丈夫さ。ここならお嬢さんがどんなに泣き叫んでも誰もやってはきやしない。地獄の一丁目なのさ。ここで一晩たっぷり可愛がってやって、そしてさっきのお嬢さんとの約束を果たしてやるぜ。フフフフ、楽しいだろうね。」
 赤サソリは自分の言葉にいかにもうれしそうな笑い声を上げた。
「キャアアアーアッ…いや…助けてぇーっ、お金なら…お金なら父が…。」
「フフ、俺たちが欲しいのはお金なんかじゃない。珠子さん、珠子さんのその美しい体そのものなのさ。」
 珠子は可哀想に、赤サソリの恐ろしい言葉に一層悲痛な声を張り上げてもがいた。
「ふふ、死ぬのが怖いか、切ないか。それならもっと良い声で泣いて見ろ。」
 しかし赤サソリはそんな珠子の姿を満足そうに眺めながら、あのいやらしい声でさらに彼女を怯えさせ煽り立てる。
 「ねぇ、そろそろこのお姉ちゃんを素裸にひん剥いてやろうよ。それから月子のようにいろんなことをしてやろうよ。」
 その時、突然小屋の隅からしわがれた何とも言いようのない不気味な声がする。そしてそこには何と一人の子供が立っている。いや、子供ではない。それは五つ六つの子供の胴にべらぼうに大きな大人の頭を載せた、女の子とも何とも付かない、そう見せ物にでてくる一寸法師だったのだ。しかし何という一寸法師なのだろうか。髪は銀杏返しに結って、赤い手絡をかけ、その下に鉢の開いた静脈の透いて見える広い額、飛びだした大きな両眼、平べったい鼻、まっ赤な厚ぼったい唇の大きな口、しかも派手なメリヤスの着物を着て、そしていやらしいニタニタ笑いを浮かべているのだ。
「ヒイイイィーイッ。」
かつてこんな人間を見たことのない珠子の唇から、再びかん高い悲鳴が迸る。

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